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第14回凝縮系科学賞 表彰式

14回(2019年)受賞者は、実験部門で橘高俊一郎氏(東京大学物性研究所)が、理論部門で水野英如氏(東京大学大学院総合文化研究科)が選考されました。授賞対象となった研究は、橘高氏が「極低温精密比熱測定による超伝導ギャップ構造の決定」、水野氏が「ガラスの力学特性における階層構造の理論的解明」です。

2019年11月27日、東京大学本郷キャンパス小柴ホールで表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長から賞状その他が贈られました。

科学新聞で報道されました(リンク)。

橘高氏(左)と水野氏(右)(2019年11月27日)

授賞理由を以下にご紹介いたします。


1979年以来、従来のBCS理論の枠組みを超えた非従来型超伝導が数多く発見されており、それらの超伝導発現機構の解明は物性物理学の重要課題です。非従来型の超伝導ギャップは多くの場合、特定の波数方向でゼロになる「ノード」を持ち超伝導ギャップに構造があります。その構造が超伝導発現機構を解明する鍵となりますが、超伝導ギャップ構造を実験的に決めるのは容易ではありません。

橘高氏は、超小型温度計の導入や外部ノイズ対策など装置に数々の改良を加え、0.06 K以下の極低温まで比熱の磁場角度依存性を高精度に測定できる世界最高水準の装置を完成させ、これを用いて非従来型超伝導体のギャップ構造を次々と解明し、これらの超伝導の理解を大きく深化させました。中でも、異方的d波超伝導であると長年考えられてきた重い電子系超伝導体CeCu2Si2(Tc = 0.6 K)において極低温までの磁場中比熱の精密測定を行い、小さいフルギャップが存在している事を発見したことには大きな意義があります。重い電子系においてフルギャップのs波超伝導が実現しているとすれば、これまでの常識を覆すこととなり、多くの研究者に強烈なインパクトを与えることになります。さらに、p波超伝導体と考えられているSr2RuO4では、超伝導ギャップが水平ラインノードを持ち、p波とは矛盾することをNMR実験に先立ち指摘しました。

これらの成果は、非従来型超伝導体の研究に大きな進展をもたらしたばかりでなく、極低温精密測定から得られる知見の新しい可能性を示したことからも、凝縮系科学賞に相応しい業績です。


ガラスの力学的性質は結晶のそれに比べて複雑であり、振動モードに限ってもその物理的描像の全貌は明らかではありません。力学的特性を反映する弾性・音波物性は比熱や熱伝導度という物理量として観測にかかりますが、その理論的解明は大変重要なテーマです。

水野氏はこの課題に大規模な分子動力学計算を用いてアプローチし、ガラスが (i) ミクロスケールでは分子が不規則に配置する構造体であり、 (ii) メソスケールでは弾性率が空間中を不均一に分布する弾性体、そして (iii) マクロスケールでは欠陥がある弾性体として振る舞う階層構造を持つことを明らかにし、「弾性不均一性」という概念を提出しました。(ii)のメソスケールでは弾性率の空間分布を解析し、局所弾性率の確率分布関数から不規則性を定量的に評価することに成功しました。(iii)のマクロスケールでは結晶と同様にガラスにも弾性波が存在するが、それに加えて「局在モード」が存在することを明らかにしました。そして局在モードが散乱体として働き、ガラス中を伝搬する音波をレイリー散乱則に従って散乱させることを示しました。

これらの成果は、ガラスの物理学において大きな進展をもたらした凝縮系科学賞に相応しい業績です。

第14回(2019年度)凝縮系科学賞 募集

  1. 対象
     物理・化学・材料科学にわたる、広い意味での凝縮系科学の研究に従事する若い研究者(2019年12月末日現在、博士学位取得後10年以内の者)。原則として実験系・理論系各1名(該当者が無い場合には見送ることがあります)。受賞者の専門分野については受賞者のページを参照ください。
  2. 審査方針
     推薦書・自薦書、研究業績概要および論文の内容を専門の近い複数の委員が精査し、場合によっては委員会以外の専門家の助言を得て、審査員全員で審査を行います。審査項目は、研究業績の分野における位置づけ、方法論の新しさ・的確さ、研究内容の質の高さ、波及効果などで、これらが推薦書および論文中に客観的かつ公正に表現されていることを重視します。
     このことから、提出論文は上記の項目が判断できる文献が望ましく、レター論文の場合にも対応する本論文の添付が望ましいと考えます。また、分野の状況と候補者の研究業績の位置づけに関する記述がある解説記事(著者任意)を補足資料として添付することは可能です。
     なお、当該年度に応募された候補者は、学位取得後の年限内であれば翌年度の候補者として考慮されます。
  3. 賞の内容
    賞状、盾および賞金20万円
  4. 選考委員
    永長直人(委員長)
    秋光 純
    小野輝男
    陰山 洋
    小林研介
    柴山充弘
    谷村吉隆
    塚崎 敦
    常行真司
    寺崎一郎
    播磨尚朝
    福山秀敏
    山本浩史
  5. 推薦方法
     自薦または他薦。以下の書類をemailで送付。書式は自由。電子メールの総量は10MB以下にしてください。
      (1) 略歴
      (2) 全業績リスト
      (3) 研究業績概要 A4用紙2枚以内
      (4) 主要論文別刷(3編以内)
      (5) 他薦の場合には推薦書
  6. 推薦期限 2019年9月27日(金)17時
  7. 受賞発表
    受賞者は、本Webサイトおよび授賞式にて発表されます。
    授賞式
     日時:2019年11月27日
     場所:東京大学
  8. 提出先および問合先
    名古屋大学理学研究科物理学教室 寺崎一郎
    Email: terra[at]nagoya-u.jp
    電話: 052-789-5255

第13回凝縮系科学賞 受賞者決定

第13回受賞者は実験部門で水口佳一氏(首都大学東京理学研究科)が、理論部門で川崎猛史氏(名古屋大学理学研究科)が選考されました。表彰式は2018年11月30日に奈良先端科学技術大学院大学で行われ、永長直人同賞選考委員長から賞状その他が贈られました。

物質科学の魅力の一つは新物質の発見にあります。高温超伝導を示す銅酸化物と鉄砒化物の発見はその最たる例といえるでしょう。これらの高温超伝導体は伝導を担う銅-酸素層および鉄-砒素層が他の物質層(ブロック層)と交互に積層した構造を形成しており、超伝導を含む豊かな物理現象が提供されました。

水口佳一氏は、ビスマスと硫黄の層をもつ臨界温度Tcが6 Kの新超伝導体を発見しました。次いで、層間に別の層を挟むことでTcを10.6 Kまで引き上げました。これらの発見により、層状ビスマス硫化物が新たな超伝導物質群となることがわかり、その後の世界中での 活発な研究が行われ、多様なブロック層からなる新物質が開発されました。d電子をもたないビスマスが超伝導の主役になったことで既存の遷移金属にはない新たな展開が見られています。同氏は、ビスマスの6s電子の影響を精密な構造解析により明らかにし、混沌としていた超伝導相の合成条件に決着をつけました。

これらの水口氏の研究成果は物質の持つ可能性について今までにない視点を提示するものであり、凝縮系科学賞に相応しい業績です。

非平衡ソフトマター物理学は、化学・生物学との境界領域にある凝縮系物理学の一大分野 であり、身の周りにあるあらゆるものが研究対象といっても過言ではありません。そこでは、過冷却液体あるいは過圧縮液体において観測されるガラス転移や結晶化など広い意味での相転移現象や、それらと流動に関する外場応答との関係などが中心的な課題ですが、非平衡性や非線形性のために解析が難しい問題とされてきました。

川崎氏は、これらの諸問題に対し非平衡性や非線形性を直接的に扱うことの出来る分子動力学法を始めとする大規模な数値計算を駆使し、過冷却液体における局所構造を発見し結晶核生成過程における前駆体の存在を明らかにしました。これらの研究は、均一であることを前提としてきたガラス転移現象に対する従来からの考え方や古典核生成理論を一新するものです。さらに、単純液体において普遍法則として知られているStokes-Einstein則が過冷却液体では破れるという異常輸送現象について、空間不均一な粒子の構造緩和の階層性に注目することにより、その物理的起源の解明をおこないました。

これらの成果は、非平衡ソフトマター物理学における金字塔であり、凝縮系科学賞に相応しい業績です。