第10回受賞者(2015年度)

賀川 史敬 氏(理化学研究所創発物性科学研究センター)
「分子性固体における強相関電子系の研究」
石崎 章仁 氏(分子科学研究所協奏分子システム研究センター)
「実時間量子散逸系の理論とその光合成初期過程への展開」

第10回受賞者は、実験部門で賀川史敬氏(理化学研究所創発物性科学研究センター)、理論部門で石崎章仁氏(分子科学研究所協奏分子システム研究センター)が選考されました。授賞式は2014年11月21日、東京大学小柴ホールで開催され、永長直人同賞選考委員長から賞状その他が贈られました。

賀川氏の受賞理由は「分子性固体における強相関電子系の研究」です。近年、分子性物質が強相関電子系として注目されています。柔軟で高い構造自由度を持つ分子の格子のもとで、強く相互作用する電子の集団が多彩な物性を示します。新規で多様な物性の開拓と、分子軌道に基づく統一的な理解の試みが両輪となって、分子性物質ならではの強相関物理の研究が展開されています。賀川氏は、分子性固体の物質パラメータが圧力に敏感であることを利用して、精密に制御された加圧環境下における実験により、擬2次元系では初めて、強相関電子系の代表的な現象であるモット金属-絶縁体転移の臨界現象を観測することに成功しました。また、電荷秩序が格子の幾何学的フラストレーションにより不安定化し、構造ガラスの特性を具備する電荷不均一状態、すなわち電荷ガラスと呼ぶべき状態が発現することを見出しました。さらに、電荷移動型モット絶縁体における強誘電分極の消長を、磁場を印加することで起こすことにも成功し、従来とは異なる交差相関物性制御を達成しました。これらの成果は、それぞれ、基礎物理の解明、電子相の開拓、機能の開発という点で、強相関電子系の研究に大きな影響を与えました。凝縮系科学賞に相応しい業績です。

石崎氏の受賞理由は「実時間量子散逸系の理論とその光合成初期過程への展開」です。石崎氏は、凝縮相分子系の量子ダイナミクスとその光学応答を同じ理論基盤から正確に計算できる、散逸系量子散逸系の基礎理論の開発に寄与し、さらに光合成初期過程における電子エネルギー移動の研究に展開しました。(i) タンパク質に内包された色素電子状態の動的揺らぎの時間スケール、(ii) タンパク質の局所的な歪み、(iii) 応答、の3者間に成り立つ揺動散逸関係に注意しながらモデルを構成し、量子ダイナミクス計算を行うことで、エネルギー移動の速度が、自然環境に対応するパラメータ領域で、最大化・最適化されていることを明らかにしました。さらに、量子エンタングルメントの測度を用いて動的揺らぎに曝されたエキシトンの頑健性・脆弱性を考察しました。そして、電子励起エネルギーの揺らぎを反応座標とした断熱自由エネルギー面を解析することで、エネルギー移動に要する活性化自由エネルギーが、天然状態に対応するパラメータ領域でほぼ0となっていることを示し、光合成光捕集系における高速エネルギー移動の物理的起源を明確にしました。一連の研究は、光合成初期過程の化学物理学・生物物理学などの当該分野に留まらず量子物理学やエネルギー変換デバイスの理論研究など関連周辺分野をも強く影響を与えた、凝縮系科学賞に値する優れた研究業績です。