第8回受賞者(2013年度)

内田 健一 氏(東北大学金属材料研究所)
「スピンゼーベック効果の発見とスピン熱流物理の展開」
伏屋 雄紀 氏(電気通信大学情報理工学研究科)
「固体中ディラック電子系の量子輸送現象の理論的研究」

第8回受賞者は、実験部門で内田健一氏(東北大学金属材料研究所)、理論部門で伏屋雄紀氏(電気通信大学情報理工学研究科)が選考されました。授賞式は2013年12月1日、東京大学武田ホールで開催され、北岡良雄同賞選考委員長から賞状その他が贈られました。

内田健一氏の受賞業績は「スピンゼーベック効果の発見とスピン熱流物理の展開」です。電子スピンの流れを使って情報やエネルギーを伝達するスピントロニクスが提案され、これを実現するためのスピン流の生成・制御・検出法が近年盛んに研究されています。しかしその多くはスピン偏極電流を対象とし、エレクトロニクスの影を色濃く残しています。内田氏は、温度勾配をもつ強磁性金属に常磁性金属を接触させ、常磁性金属中の逆スピンホール効果を用いて、熱流がスピン流を生成する「スピンゼーベック効果」を発見しました。次いで、この熱スピントロニクス効果とも呼ぶべき現象を電荷移動の要素を含まない強磁性絶縁体/常磁性金属接合においても実証し、さらに、音波によるスピン流生成にも成功しました。これらの発見は、これまでに全く前例が無く、その独創性は高く評価でき、科学への貢献にとどまらず、スピンゼーベック効果を利用した電荷の自由度を全く用いない革新的な熱スピントロニクスデバイスの開発を通して社会へ計り知れない波及効果を持ち得る可能性があります。

伏屋雄紀氏の受賞業績は「固体中ディラック電子系の量子輸送現象の理論的研究」です。軌道反磁性は回転電流によって磁気モーメントが発生することで生じますが、この平衡状態で流れる電流は外に取り出すことができないので輸送現象には寄与しません。ところが、一方で、バンド間効果による非散逸性の電流やスピン流による輸送現象が盛んに研究されるようになり、反磁性電流と輸送現象の間の関係がクローズアップされるようになってきました。伏屋氏は、ディラック粒子として記述できるビスマスの電子系を対象に、バンド間効果の役割を、ホール効果、スピンホール効果、光誘起スピン偏極電流効果、の3つの現象に即して明らかにすることで、この基本的な問題に対して重要な寄与をしました。従来バンド内効果の解析のみが行われてきた輸送現象の理論に対して、バンド間の行列要素を注意深く扱った精密な計算によってバンド間効果を解析し、特に、スピンホール伝導度と軌道反磁性の関係を追求してフェルミエネルギーがギャップ内にあるときには両者は基本定数によって厳密に関係づけられることを示しました。これらの成果は、バンド間効果の輸送現象における役割を明らかにしただけでなく、軌道反磁性電流と輸送電流の間の深い関係を示唆するものであり、基礎物理学へ大きなインパクトを持つばかりでなく、スピントロニクス等への応用という観点からも高く評価されます。