第16回受賞者(2021年度)

打田 正輝 氏(東京工業大学理学院物理学系)
「ディラック半金属薄膜における量子化伝導状態の解明」
只野 央将 氏(物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点)
「第一原理に基づく有限温度非調和フォノン物性の研究」

 第16回(2021年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で打田正輝(うちだ まさき)氏(東京工業大学理学院物理学系)が、理論部門で只野央将(ただの てるまさ)氏(物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点)が選考されました。授賞対象となった研究は、打田氏が「ディラック半金属薄膜における量子化伝導状態の解明」、只野氏が「第一原理に基づく有限温度非調和フォノン物性の研究」です。

 2021年11月27日(土)、第15回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (オンライン開催) の中で表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
 心よりお祝いを申し上げます。

打田 正輝 氏

只野 央将 氏

打田 正輝 氏

 トポロジーの観点から物質の電子構造を理解し制御することは現代の物性物理学における重要なテーマです。ディラック半金属の特徴は、電子のエネルギーと運動量が線形な分散関係を示すことであり、二次元物質グラフェンはその代表例です。近年、その三次元版へと研究が拡張され、二次元の場合とは異なる新たな物理現象の開拓が進められています。しかし、これまで、三次元ディラック半金属の研究では理論が先行しており、量子輸送に関する実験的な研究は立ち遅れていました。
 Cd3As2は2013年にディラック半金属であることがバンド計算から見いだされた物質です。打田正輝氏は Cd3As2の高品質薄膜成長技術を先駆的に確立し、バルク結晶にはない薄膜の利点を活かしながら、強磁場中で発現する量子化伝導状態を研究してきました。同氏は、固相エピタキシー成長技術に独自の工夫を加えた薄膜作製によって、精密組成制御による電子構造の制御を達成しました。さらに、電界効果によるキャリア制御技術と膜厚による次元制御技術の両方を確立しました。これらの技術を組み合わせて、同氏は、まず、強磁場における量子ホール効果の観測によって膜厚の薄い Cd3As2薄膜が二次元的な電子構造を有していることを実証しました。続けて、より膜厚の厚い薄膜を用いて、三次元的なディラック半金属状態においても量子ホール効果が生じることを示しました。三次元系における量子ホール効果の本質を理解するために、同氏は、薄膜試料の表裏のゲート電圧を独立に制御可能なデュアルゲート型デバイスを開発しました。その結果、観測された量子化伝導状態が、線形な分散関係に由来するカイラルゼロモードを介して電子が薄膜の表面と裏面を行き来する軌道(ワイル軌道)の存在を指し示す証拠であることを突き止めました。
 上記の結論に至るまでの一連の研究は、材料科学に基づいた薄膜の高品質化とデバイス確立を基盤として一歩ずつ丁寧に成し遂げられてきたものです。特に、二次元系に特有の現象と考えられてきた量子ホール効果が、本質的に三次元的な物質においても生じうることを実験的に明確に示したことは、トポロジカル物性の研究を大きく発展させる成果であり、凝縮系科学賞に相応しい業績です。


只野 央将 氏

 原子間力の非調和性は、フォノン散乱や温度による振動数の変化を通じて固体の基本的な性質である格子熱伝導や熱膨張を引き起こし、さらには半導体バンドギャップや超伝導転移温度などの電子物性にまで影響を及ぼすことが知られています。近年、熱電材料や水素化物高温超伝導体など非調和性の強い材料が注目されていますが、調和近似の範囲であればフォノン分散や熱物性が第一原理から手軽に計算できるようになった現在も、非調和フォノン物性の計算手法は限られており、容易ではありません。
 只野央将氏は、効率的な構造サンプリング手法やスパースモデリングにより、3次や4次の非調和原子間力定数を高速かつ精度良く決定する第一原理計算手法を開発しました。さらに自己無撞着フォノン(SCP)法を導入し、4次非調和性が繰り込まれた有限温度フォノン物性計算を実現しました。これらの新手法により、調和近似では取り扱うことのできない結晶高温相のソフトフォノンモードや、クラスレート化合物ゲスト原子のラットリング振動を考慮した熱伝導率等の計算が可能になりました。只野氏はこの新手法を用いて、従来法では不可能だった立方晶SrTiO3(高温相)の格子熱伝導率やバンドギャップの温度依存性が、高精度で予測可能なことを実証しました。また熱電材料候補のクラスレート化合物Ba8Ga16Ge30に適用し、その極めて低い熱伝導率がゲスト原子のラットリングによることや、通常の結晶より緩やかな熱伝導率の温度依存性が、4次非調和性に由来するラットリング振動のハード化によって生じることも明らかにしています。作成されたプログラムは、オープンソースソフトウェアとして公開されており、国内外の大学や企業の研究者に幅広く使われています。
 以上のように、只野氏の業績は有限温度非調和フォノン物性の新たな第一原理計算手法を開発し、フォノンの非調和性がもたらす様々な熱物性の起源を解明しただけでなく、近年注目されている非調和性高機能材料の開発に必要な物性予測を可能にして当該分野の発展に大きく寄与するものであり、凝縮系科学賞に相応しいものです。