井手上 敏也 氏 (東京大学)
「空間反転対称性の破れたファンデルワールスナノ結晶における整流応答現象の開拓」
佐藤 駿丞 氏 (筑波大学)
「光駆動非平衡電子ダイナミクスの理論的研究」
第19回(2024年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で井手上 敏也(いでうえ としや)氏(東京大学)が、理論部門で佐藤 駿丞(さとう しゅんすけ)氏(筑波大学)が選考されました。授賞対象となった研究は、井手上氏が「空間反転対称性の破れたファンデルワールスナノ結晶における整流応答現象の開拓」、佐藤氏が「光駆動非平衡電子ダイナミクスの理論的研究」です。
井手上 敏也 氏
層間がファンデルワールス力で結合したファンデルワールス結晶では、機械的剥離と積層化およびデバイス化技術を駆使することで、単層だけでなく複数層の積層構造を自在に作製できることから、系の対称性を反映した特徴的な電子状態の形成とそれに由来する興味深い物性が引き出されています。近年では、積層制御技術の向上によりファンデルワールス結晶の多様な積層構造素子の研究が展開され、電子状態の制御に立脚した物性開拓研究の新たな潮流として、物質科学とデバイス物理の両面から注目されています。
井手上敏也氏は、空間反転対称性の破れに着目してファンデルワールス結晶のデバイス作製に取り組み、超伝導における非相反伝導現象やバルク光起電力生成など、直流電場と光電場のそれぞれに対する整流応答現象に関する独創的な研究成果を挙げてきました。面直方位で反転対称性の破れた極性ファンデルワールス結晶BiTeBrのデバイスでは、磁場と電流の方位が面内で直交する場合に非相反伝導現象が発生することを見出しました。キラルなWS2ナノチューブでは、イオンインターカレーションによって1本のナノチューブが超伝導になることを初めて示すとともに、ナノチューブの長手方向に沿った正負の電流に対して超伝導の非相反伝導現象が発現することを示しました。これらの非相反伝導現象に関する研究はその後、超伝導ダイオード効果として空間反転対称性の破れを伴う超伝導体で広く研究されるに至っており、同氏の成果はその先駆的研究の一つに位置づけられます。さらに、対称性の異なるファンデルワールス結晶を2層積層することで空間反転対称性を意図的に破るデバイスを作製して、面内分極の発現とそれに伴う光起電力効果(光電場に対する整流応答現象)の観測に成功し、バルク結晶のみでは生じえない、ファンデルワールス積層構造に特有な空間反転対称性の制御が物性発現の指針になることを見事に示しました。
以上のように、空間反転対称性の破れたファンデルワールスナノ結晶における同氏の一連の成果は、ファンデルワールス積層構造の研究分野において、物質創成に独創的な観点を与える優れた学術的価値を持つと同時に、各種の整流応答現象の機構解明と機能開拓にも大きな波及効果をもたらしており、凝縮系科学賞に相応しいものです。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)
佐藤 駿丞 氏
光によって物性を制御し、新たな物性を創発することは、光物性物理学分野における究極的な目標の一つです。 近年のレーザー技術の進展により、フェムト秒の時間幅を持つ高強度超短パルス光で物質を駆動し、フェムト秒の時間スケールで物質の性質を超高速制御したり、アト秒超短光パルスを用いて時間分解測定する研究が可能となっています。しかし、そこで観測される現象の物理的機構には未解明な点が多く残されています。
佐藤駿丞氏は、第一原理計算とモデル計算の両面から、光照射によって駆動される超高速非平衡電子ダイナミクスを解析し、光誘起超高速現象の背後にある微視的な物理機構を解明してきました。まず、時間依存密度汎関数理論に基づく第一原理計算を用いて、ポンプ・プローブ分光実験をシミュレートすることに成功しました。この手法をシリコン結晶に適用することで誘電応答を調べ上げ、誘電関数の実部が低周波数領域で負になることや、その周波数依存性が電子バンドと有効質量の変化として理解できることを明らかにしました。さらにこの手法を多結晶ダイアモンドに適用し、アト秒過渡吸収分光法によって見出された吸収スペクトルが動的Franz-Keldysh効果で説明できることを示しただけでなく、その主な寄与がバンド内遷移による電流であることを明らかにしました。また、理論的に予言され、実験的にも観測されたグラフェンにおける光誘起異常ホール効果の微視的機構を、緩和過程まで含めた理論解析によって調べ、当初提案されていた光によって生じたFloquet-Blochバンドに現れるベリー曲率だけではなく、光駆動と散逸の競合によって生じる運動量空間内の電子占有数分布の不均衡が重要な役割を果たしていることを解明しました。
以上のように、佐藤氏の業績は、光誘起物性の基礎的な理解を深めるだけでなく、光による物性の制御や創発を通じて将来の超高速電子デバイスの開発に大きな波及効果をもたらすものとして、凝縮系科学賞に相応しいものです。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)
2024年11月26日(火)、第18回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (神戸大学 100年記念館 六甲ホール) の中で表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
心よりお祝いを申し上げます。