第20回受賞者(2025年度)

藤野 智子 氏(横浜国立大学)
「新規オリゴマー電荷移動錯体の合成と物性開拓」
花井 亮 氏(東京科学大学)
「非相反相互作用がもたらす新奇多体現象の研究」

第20回(2025年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で藤野 智子(ふじの ともこ)氏(横浜国立大学)が、理論部門で花井 亮(はない りょう)氏(東京科学大学)が選考されました。授賞対象となった研究は、藤野氏が「新規オリゴマー電荷移動錯体の合成と物性開拓」、花井氏が「非相反相互作用がもたらす新奇多体現象の研究」です。


藤野 智子 氏

分子性導体の研究は電荷移動錯体の発見以来、70年以上にわたる新物質開発と物性開拓が進められ、金属状態、超伝導状態、強磁性金属状態、マスレスディラック電子など、様々な物性を示すことが明らかとなってきました。その過程で個々の分子の量子状態がどのように固体結晶の量子物性と結びつくのか、構造と機能の関係が、強結合近似や第一原理計算、あるいは電子相関を入れたモデル計算等によって明らかにされています。このような低分子材料の物性科学が進む一方で、導電性ポリマーは別の切り口からの研究が進み、1次元格子上SSH(Su-Schrieffer-Heeger)模型あるいはその連続体近似でのTLM(Takayama-LinLiu-Maki)による解析解などにより理解が可能となったソリトン、ポーラロンを中心として説明されることが多い状況となっていました。

 藤野氏はこのような有機材料を基盤とした伝導体の二つの見方を橋渡しするための材料系として、低分子と高分子の中間に位置するオリゴマー分子に着目し、その有機合成における自由度をいかんなく発揮してオリゴマー電荷移動錯体の物性開拓に取り組みました。ポリマー材料で高伝導性を示すPEDOT-PSSをモデルとして、その単量体であるチオフェンの数を徐々に増やすことで生じる物性の変化を、単結晶の伝導度測定に基づき丁寧に議論しました。結晶化の過程で、置換基を変える必要が生じたときも、その有機合成の能力によって適切な共重合ユニットを選択し、結果として鎖長・オンサイトクーロン反発および分子配列の変化による伝導度の飛躍的な向上を観測することに成功しています。また、ここで開発したオリゴマーを転用することによって、新しい交互積層型電荷移動錯体の開発にも成功しました。交互積層型では、ドナー分子とアクセプター分子が交互に重なるため、基本的なバンド構造は半導体ですが、藤野氏はドナー分子とアクセプター分子の分子軌道準位と軌道の対称性が非常に良く整合した組み合わせを見つけることで、そのバンドギャップがほぼゼロに等しいような電子構造を実現することができました。ここでは従来の1次元鎖に加えて鎖間効果が顕著となるという電子状態の高次元化が重要な要素として浮かびあがってきました。

これらの研究は、当初の目的である低分子伝導体と高分子伝導体の境界領域開拓に留まらず、将来の分子性導体開発における大きな発展につながる可能性があります。また、藤野氏は新たな中性金属錯体を合成し、その両極性トランジスタ動作も見出すなど、広範な分子性化合物の開発に寄与しています。

よって、藤野氏の業績は凝縮系科学賞にふさわしいものといえます。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文


花井 亮 氏

非平衡な多体系では、しばしば「非相反な相互作用」が現れます。これは、作用・反作用の法則が実効的に破れることで、一方の粒子が他方を引き寄せても、その逆が成立しないという特徴を持ち、捕食者と被食者の関係に類似しています。この非相反相互作用は、動的対称性の破れやパターン形成など、多様で興味深い現象を引き起こすため、実験・理論の両面で注目を集めています。しかし、そこに生じる新しい秩序や相転移の物理には、未解明な課題が数多く残されています。

 花井亮氏は、現象論の構築と解析計算・数値計算を組み合わせた精緻なアプローチにより、非相反相互作用がもたらす多体現象の物理機構を解明し、未知の領域を切り拓いてきました。まず、非相反相互作用を持つ非平衡多体系に対する一般的な現象論を構築し、熱平衡系には存在しない動的秩序相の出現を発見しました。さらに、その相転移が、時間発展を支配する非エルミート演算子の例外点における励起モードの結合・分岐によって生じることを明らかにしました。また、非相反相互作用によるフラストレーション効果を、幾何学的フラストレーションを持つ熱平衡系とのアナロジーを通じて理解する枠組みを構築し、この視点を発展させることで、非平衡系における秩序形成がorder by disorder現象として捉えられること、さらには非相反相互作用のみからスピングラス的状態が生じうることを示しました。加えて、散逸を伴う固体に光を照射することにより、非相反な磁気相互作用が誘起されることを指摘し、これを層状強磁性体に適用することで動的カイラル秩序を実現できることを示しました。  これらの成果は、非相反相互作用がもたらす物理の基礎理解を飛躍的に深めるとともに、新しい秩序や相転移の創出と非相反物性の制御法の開拓を通じて、アクティブマター、生命科学、生態系、非平衡量子多体系など幅広い分野に大きな波及効果をもたらすものです。よって、花井氏の業績は凝縮系科学賞にふさわしいものといえます。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文


2025年11月27日(木)、第19回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (東京大学 物性研究所) の中で表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
 心よりお祝いを申し上げます。