米田 淳 氏 (東京工業大学)
「シリコンスピン量子ビットの高忠実度化とその応用」
速水 賢 氏 (北海道大学)
「相関電子系に対する多極子表現論の構築と交差相関応答への適用」
第18回(2023年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で米田 淳(よねだ じゅん)氏(東京工業大学)が、理論部門で速水 賢(はやみ さとる)氏(北海道大学)が選考されました。授賞対象となった研究は、米田氏が「シリコンスピン量子ビットの高忠実度化とその応用」、速水氏が「相関電子系に対する多極子表現論の構築と交差相関応答への適用」です。
2023年11月24日(金)、第17回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (名古屋工業大学 & オンライン) の中で表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
心よりお祝いを申し上げます。
米田 淳 氏
量子コンピュータは次世代情報化社会の基盤を担う技術として期待されています。その基本素子となるのが量子力学的な状態を利用して演算を行う量子ビットです。量子ビットの操作がどれだけ理想に近いかを示す性能指数を忠実度と呼びますが、大規模な量子コンピュータの実現のためには 99%以上の忠実度を持つ量子ビットを多数集積する必要があります。量子ビットを実現するために様々な物理系が研究されていますが、その中で、「量子ドット(人工原子)」と呼ばれる半導体ナノ構造に閉じ込めた単一の電子スピンを「量子ビ ット」として用いる方式を半導体スピン量子ビットと呼びます。この方式は現在の高度な半導体集積技術を利用できる可能性を持つため注目されています。
米田淳氏は、半導体スピン量子ビットを用いた大規模量子コンピュータの実現を目指す研究に取り組み、独創的な成果を継続して挙げてきました。特に、開発の舞台がガリウム砒素系からシリコン系、さらに同位体制御されたシリコン系へと移行する中で、微小な磁石を巧みに設計することによって、電子スピンを電気的に制御する技術の確立に大きな貢献をしてきました。この技術を同位体制御されたシリコンスピン量子ビットに適用し、従来比で約 100 倍高速なスピン操作と約 10 倍のコヒーレンス時間(量子情報保持時間)を実現し、99.9%超という高い忠実度を達成しました。さらにシリコン系では初となる量子非破壊測定の実証やスピン量子ビット間のコヒーレントな電子輸送の実現など、将来的にスピン量子ビットの集積化につながる重要な業績を挙げました。同氏が中心となって確立した基本設計法は、現在、大学や企業におけるシリコンスピン量子ビット開発において世界的に採用されています。
以上のように、スピン量子ビットにおける同氏の一連の成果は、長年追求されてきた半導体メゾスコピック系における量子制御という観点から優れた学術的価値を持つと同時に、量子コンピュータの開発動向にも大きな波及効果をもたらしており、凝縮系科学賞に相応しいものです。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)
速水 賢 氏
電荷・スピン・軌道といった電子がもつ内部自由度間の相互作用が物性を支配する相関電子系では、交差相関と呼ばれる多彩な電気磁気応答現象が現れます。多極子を用いて電子自由度を記述することで、この交差相関応答をミクロな視点や対称性の観点から理解する理論研究が発展しています。
速水賢氏は、従来の磁気多極子や電気多極子だけでなく、磁気トロイダル多極子、電気トロイダル多極子という新しいタイプの多極子を含む4種類の多極子基底によって電子系の
秩序状態を表現することで、32 の結晶点群に対する多極子の表式を分類するとともに各点群で活性化する多極子自由度および可能な交差相関応答を明らかにしました。この多極子表現論構築の出発点となった磁気トロイダル秩序に関する研究では、磁気トロイダル秩序が、絶縁体のみならず金属においても実現することを示し、金属特有のスピン伝導や電気磁気効果を提案しました。この提案は、その後の金属における交差相関応答実験の発展につながっています。また、多極子表現論を起点とした模型解析によって、反強磁性体のバンド構造では結晶対称性の破れによってスピン分裂が現れること、その大きさは原子内スピン軌道結合の強さに依存しないことを指摘しました。これは、分子性結晶における反強磁性を伴うエネルギーバンドのスピン分裂を起源としたスピン流出現という現象についての共同研究をきっかけに、それを多極子表現論の立場から一般論としてまとめた研究であり、原子内スピン軌道結合の強さに依らないスピン軌道の物理の新しい展開を切り開いています。
以上のように、速水氏の業績は、多極子表現論に基づく統一的な視点から実験を見据えた新しい量子状態や交差相関現象を提唱することで、マルチフェロイクス、スピントロニクス、カイラル物質科学といった多岐にわたる分野において今後も大きな波及効果が期待されることから、凝縮系科学賞に相応しいものです。(→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)