安田 憲司 氏 (マサチューセッツ工科大学)
「積層制御による二次元強誘電体の創出」
野村 悠祐 氏 (慶應義塾大学)
「機械学習手法を用いた量子多体系の研究」
第17回(2022年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で安田 憲司(やすだ けんじ)氏(マサチューセッツ工科大学)が、理論部門で野村 悠祐(のむら ゆうすけ)氏(慶應義塾大学)が選考されました。授賞対象となった研究は、安田氏が「積層制御による二次元強誘電体の創出」、野村氏が「機械学習手法を用いた量子多体系の研究」です。
2022年11月25日(金)、第16回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (オンライン開催) の中で表彰式が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
心よりお祝いを申し上げます。
安田 憲司 氏
物質を究極に薄くしたときに現れる物性は長年の間、物理学の重要なトピックであり、その代表例が黒鉛一層からなるグラフェンの物性です。近年では、二層のグラフェンを捻って重ねた二層グラフェンにおいて、超伝導等の様々な創発物性が報告されています。積層構造の自由度を駆使することで層状物質群特有の新たな物質設計や物性発現のさらなる展開が期待されています。その観点で、わずか数層からなる薄膜における強誘電物性は、究極の不揮発性メモリとして興味が持たれていますが、強誘電物性の発現する舞台を制御することが困難でした。
安田憲司氏は、強誘電性を持たない窒化ホウ素(BN)に着目し、単層膜を2枚重ねた平行積層二層窒化ホウ素を作製し、電気的特性を測定したところ強誘電性が発現することを実験的に観測しました。発現した極性構造は、天然のBN とは異なりAB 積層と BA 積層のいずれかの構造をとります。そのため、電場印加によって面内で滑り運動することで積層方位が移り変わるという、通常の原子変位型強誘電体とは異なる特有の分極反転機構を持つことを示しました。通常の強誘電体ではナノスケールの厚さまで薄くすると強誘電性が消失するという観測例もありますが、平行積層二層窒化ホウ素は 1 nm 以下の薄さにもかかわらず、室温でも電気分極反転を示します。さらに、平行積層二層窒化ホウ素上にグラフェンを電気的なセンサーとして配置することで、不揮発性メモリデバイスとして機能することを実証しました。この新しい強誘電体の設計指針を、MoS2・WS2 などの半導体遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)に適用し、強誘電性を付与できることを示して、指針の汎用性を実証しました。
以上のように、非強誘電体から極薄の強誘電体を得る新たな手法は、その汎用性とメモリへの応用可能性、また新奇な強誘電体として、物性物理・物質科学・電子工学の広い分野で注目を集めており、安田氏の論文発表後に数多くの実験、理論研究が世界中で行われています。したがって、凝縮系科学賞に相応しい業績です。 (→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)
野村 悠祐 氏
量子力学に従う多数の自由度が相互作用しあう量子多体系では、多体性と量子性の絡み合いにより様々な量子相が非常に小さいエネルギースケールで競合するため、時として真の量子状態にたどり着くことが困難となっています。この解決のため、多数の自由度を系のサイズとともに指数関数的に大きくなる膨大なデータと捉えることで、情報科学的アプロ ーチを取り入れる手法が発展しています。その一つに、量子もつれの本質を機械学習によって人工ニューラルネットワークに埋め込み、高精度に量子状態を求める試みがあります。
野村悠祐氏は、2017 年にCarleo とTroyer によって導入された制限ボルツマンマシンと呼ばれる人工ニューラルネットワークを用いた量子状態の変分手法に、多変数変分モンテカルロ法において用いられてきたペア積変分波動関数を組み合わせることによって、これまでにない高い計算精度をもち広範な量子多体系に適用可能な変分モンテカルロ法を開発することに成功しました。実際、野村氏は、フラストレーションのある2 次元正方格子上のJ1–J2 ハイゼンベルグ模型にこの手法を適用し、励起状態に対する解析方法も駆使することで長年の論争となっていた量子スピン液体相の存在を高い確度で示しました。その量子スピン液体相では励起スペクトルにはギャップがないことを示すとともに、スピンが分数化されたスピノンが線形分散構造を持つ可能性を指摘しました。また、野村氏は多体量子系の有限温度計算に対する機械学習手法開発も行い、複数の隠れ層からなる深層ボルツマンマシンを、ヒルベルト空間を拡張してギブス状態を求める手法と組み合わせることで有限温度量子状態を柔軟に表現する新たなアルゴリズムを提案しました。
以上のように、野村氏の業績は量子多体系に人工ニューラルネットワークを適用して世界最高水準の変分モンテカルロ法や有限温度での量子状態を表現する手法の開発だけでなく、実際にフラストレーションのある量子スピン系に適用して量子スピン液体や分数化励起などの非自明な量子多体物性の解明に大きく寄与しており、凝縮系科学賞に相応しいものです。 (→詳しく:略歴・業績紹介・対象論文)