第15回凝縮系科学賞 表彰式・記念講演

 第15回(2020年)凝縮系科学賞受賞者は、実験部門で田家慎太郎氏(京都大学理学研究科)が、理論部門で那須譲治氏(横浜国立大学大学院工学研究院)が選考されました。授賞対象となった研究は、田家氏が「イッテルビウム冷却原子を用いた凝縮系物理の量子シミュレーション」、那須氏が「Kitaev量子スピン液体の熱力学的性質とそのダイナミクスに関する理論的研究」です。

 2020年12月4日(金)、第14回物性科学領域横断研究会 (領域合同研究会) (オンライン開催) の中で第15回凝縮系科学賞 表彰式・記念講演が行われ、秋光純同賞運営委員長と福山秀敏先生から賞状その他が贈られました。
 心よりお祝いを申し上げます。

田家慎太郎氏
那須譲治氏

 授賞理由を以下にご紹介いたします。


田家慎太郎氏 
 量子シミュレーションとは、物質中で起きる複雑な量子現象を、人工的に用意した制御性の高い系を用いて模倣し、新たな理解を目指す研究手法のことです。この手法を用いることによって、ハバード・モデルのような現実的なサイズでの計算が難しい系の振る舞いを、様々なパラメータを制御しながら詳細に調べることが可能になると期待されています。
 田家慎太郎氏は、イッテルビウム冷却原子を用いて、スピンと軌道の自由度に着目した独自の量子シミュレーション研究を展開してきました。まず、同氏は、SU(6)という高い対称性をもつイッテルビウム冷却原子を光格子に導入し、2重占拠数を評価することでモット絶縁体の形成を示唆する励起スペクトルのギャップを観測しました。また、この現象には、フェルミ原子の持つスピン自由度が本質的な役割を果たすポメランチュク冷却機構がSU(2)に比べてSU(6)で増強されていることが重要な寄与を果たしてしていることを示しました。同氏はまた、複数の光格子を組み合わせることによってリープ格子を設計し、phase imprinting 法を用いて平坦バンドへのボーズ粒子の励起を行うことによって、リープ格子のタイトバインディング模型と矛盾しないバンド占拠数の時間依存性を観測しました。さらに、リープ格子の持つ平坦バンドの特性を活かして、粒子が中間地点を経由せずに空間的に離れた地点間を移動する空間断熱移送という量子現象の実現に成功しました。
 これらの成果は、同氏ならではの独創的な視点と高度な技術力によって、難易度の高い実験を成し遂げることによって初めて得られたものです。同氏の開発した種々の技術と得られた成果は、今後の量子シミュレーション研究に資する波及効果の高いものであり、凝縮系科学賞に相応しい業績です。


那須譲治氏 
 量子スピン液体は強いスピン間相互作用にもかかわらず極低温まで磁気秩序を示さないスピン系の状態としてP. W. Andersonが1973年に提案しました。その状態の理論的究明および候補物質の実験的探求が「凝縮系科学」の重要課題として広範に展開されてきたが、問題の難しさから明確な理解には未だ到達していません。
 これまでの理論的研究では幾何学的フラストレーションを持つ格子上でのハイゼンベルグ模型およびハバード模型が主たる対象でした。その中で2006年Kitaevが提案した蜂の巣格子上で結合方向に依存したイジング相互作用を持つ模型が、スピン演算子をマヨナラ粒子およびZ2ゲージ場を用いて表現することにより量子スピン液体が基底状態となることが厳密に示され、大きな転機となりました。一方、実験結果との比較に必要となる有限温度での比熱・磁化率等の物性値の理論予測が計算の難しさから長い間実現しませんでした。その状況の中で受賞者らは新しい数値計算方法を開発し、比熱やエントロピー、輸送係数、核磁気緩和率、動的スピン構造因子等の様々な物理量について統計誤差を除いて近似なしの数値計算に成功しました。その結果量子スピンが2種類のマヨナラフェルミオン準粒子に分裂したかのようにふるまう「分数化現象」が最も基礎的な熱力学量である比熱の温度依存性における2つのピークで明確に示されました。またキタエフ候補物質α-RuCl3でのラマン散乱強度の温度変化が2種類のマヨナラ粒子のフェルミ分布を反映したエネルギー拡がりとして理解できることがわかり、ここに理論と実験結果の具体的な比較の端緒が生まれました。その後α-RuCl3における中性子非弾性散乱スペクトルの温度変化や動的スピン構造因子の実験結果についても理論的な理解がなされています。さらに、マヨナラ粒子存在のより直接的な証拠となる分数量子化の確認に向けて、実験研究を刺激しています。
 以上、那須氏の業績は量子スピン液体の理論研究において、実験による検証が可能となる高い精度を持つ有限温度物性値を初めて提示することにより当該分野の研究に新展開をもたらし、凝縮系科学賞にふさわしいものです。